2020/03/11

[Works] Google Chrome拡張機能「Neo Mildom」

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Neo Mildom - Chrome ウェブストア

リリース

2020/03/11

概要

動画配信サイト「Mildom」のUI改変拡張機能。
ウィンドウを縦長にした際、上に画面, 下にチャット欄の配置にします。
これぞネオなMildom。

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とてもわかりやすくご紹介いただいたツイート

2020/02/02

[Event] 2020/02/03(月)「 #RiseScript ver.0.0.7」@渋谷Club Malcolm

概要

【日付】 2020/02/03(月)
【タイトル】 ソロアーティストライブ『 #RiseScript ver.0.0.7』
【会場】 渋谷Club Malcolm

【時間】 開場 18:30 / 開演 19:00
【料金】 予約 ¥2,500 / 当日 ¥3,000 (各1ドリンク代 ¥600 別)
【出演】 佐々木まゆ, 原宿眠眠, 皆木まこ, ミハラユイ, ユキノユーリ (敬称略)
【チケット】 各アーティスト予約
【入場順】 当日並んだ順

【ハッシュタグ】 #RiseScript
【主催】 横倉雄介 (株式会社harvest)

当初出演予定でございました夜明あおいにつきまして、高熱の症状が見られました。インフルエンザでないとの診断で、体調も回復へ向かっておりますが、大事を取り出演をお休みさせていただきます。ご迷惑をお掛けいたしますことを心よりお詫び申し上げます。

お問い合わせ・ご出演希望など

yokokura@hvt-inc.com

その他のイベント情報はここをクリック!

2020/01/02

2020's Slogan 「優雅に最高速で天地創造」

今日という日は、1年で一番苦手な日だ。

年を取っていくことへの焦燥感はあっても、「年を取りたくない」という意識はあまりない。ただ、「誕生日が来る」ことがイヤだなぁと思っていた。去年、心が真っ白になってしまった1日が忘れられないからだ。なにか試されているような気持ちになってしまう。

まず日付がわるい。自分の誕生日の日付が苦手だ。いっそ忘れてしまえば意識せずにいられるのに、あまりにも覚えやすい。そして新年を迎えたという明らかに大きな出来事と並んでいるものだから、なんだか自分が矮小な気がしてしまう。あいにく「新年よりオレの誕生日のほうが大事だろ!」なんて言える厚かましさは持ち合わせていない。

それまでは特に気にもしていなかったが、アラウンドなんちゃらに到達した去年、初めて驚くほどに心が真っ白で真っ白になった。どうしてだろう。年のせいなんか? 私はいつも「自分の価値を決めるのは自分だ」とキャンキャン吠えているのだが、この日ばかりはどうしても。

告知以外の自己発信を抑えようかと思った時期もあったけど、インターネット生まれインターネット育ちのくせにそんな遠慮をしていたら私が私でなくなってしまう。自分らしく生きないのであれば、自分が自分である意味がない。だから今年も例年通り書き初めを書く。

「Revival」

それまでの1年を漢字2文字で命名して、これからの1年のスローガンを立てる、というのを毎年やっている。

2019年のスローガンは「Revival」

過去の特定のどこかの地点をってことじゃないんだけど、リバイバルしたい。まだ見ぬ理想の自分をリバイバルしたい。自分の理想を追いかける自分を思い出したい、とでも言うところかな。

果たしてリバイバルできたのだろうか。見失っていた「自分を生きる」ことをしようと決意して始まった1年だった。生きかたを変えようとした、その始まりの1年はよちよち歩きで、うまくできたとは言えないな。

どうしたら自分のなりたいようになれるのだろう、やりたいようにできるのだろう、行きたい場所に行けるのだろう。試行錯誤して、右往左往していた。だからまだまだ「リバイバル」したとは思えない。2020年も、同じ意識を持ち続けていたい。

「序章」

2018年も激動の1年だったけど、2019年も怒涛の1年だった。2018年以上かもしれない。

「アトレゾンデートル」の解散を発表したのは2018年の11月。3月に開催した解散ライブまでの時間は、とにかくそのための時間だった。終わりはきちんとしたきれいな終わりにすること。たくさんの人にたのしんでもらって、メンバーにそのたくさんの笑顔の中で最後を迎えてもらうこと。それが私の願いだった。

解散と同日付にて、アトレゾンデートルを取り扱っていた会社より退職。各所に挨拶をして、この時点では完全フリーランス専業で活動していくつもりだった。

「アトレゾンデートル」というテーマがなくなって、正直、これから自分はどこへ向かえばよくて、何をして生きて行けばいいのだろうと途方に暮れた。そのテーマを持つ前に自分が大切にしていたものって、「自分自身として」自分が向かおうとしていた場所ってどんなところだったんだっけ。「自分自身の望み」ってなんだったっけ。それがぜんぜんわからなくなっていることに驚いて、しばらくの間ずっと考えていた。

元来から思っていたことではあったけど、前職でこの業界に入ってからますます強く感じるようになったことがある。ちゃんとがんばっている人が、ちゃんと報われてほしい。この世界で「ちゃんと報われる」のは簡単じゃなくて、もっと報われてほしい「ちゃんとがんばっている人たち」を日々見かけていたからそう強く思うようになっていった。

私自身が直接関わっているか否かに関わらず、あらゆる素敵なアーティストがたくさんの人に見つけてもらえる、素敵な結果と評価を得ることができる、そんな世の中がいい。世界を一足飛びに変えることはできなくても、真摯に活動する人の力に少しでもなりたい。活動の一助となることがしたい。そのための仕事がしたいと強く思った。

そうして2つの活動軸を決めた。1つはライブイベントの制作。もう1つはアーティストのサポート。

イベント制作はね、前職でやっていてすごくたのしい仕事だった。自分がつくることに携わった場で、お客さんがたのしそうにしてくれる。その後ろ姿を見ることができる。その時間はいつもいつも、「やっててよかった」って思える最高の時間だった。とっても幸せだった。だから前職をやめても続けたいと、自然に思っていた。

素敵なアーティストさん同士の共演の場をつくることによって、より多くの方に演者さんの魅力を知ってほしかったし、演者さん同士がなかよくなるような機会も生み出せたらいいなと思っていた。演者さん1組1組と向き合いながらイベントを組んでいくことで、演者さん自身がたのしんでくれるなら、きっとお客さんもたのしくなる。そんなイベントを組みたいと思って計画を始めたのが「RISES」だった。

アーティストサポート業も、動機としてはイベント制作と同じだ。活動っていうのは、ひとりでするのは大変なことだ。幅を広げたければやることが増える。やることが増えれば目の前のことで手一杯になる。目の前のことで手一杯になれば展望を描く時間がなくなる。曲がりなりにも私は前職でマネージャーだった。その経験は持っているし、Webのこともわかるし、デザインも少々ならできる。私が持っているもので、ちゃんとがんばっている人の力になれるならと思っていた。

退職の挨拶をする中で、ありがたいことにいくつか案件のお話をいただいていた。その中の1つが、「たまに手伝ってほしい」という当時フリーの夜明あおいだった。

夜明のことは、同業界かつ外部の人間という立ち位置で見ていた当時から客観的にすごいと思っていた。スーパーエースだなと。共演するたび、ステージで輝いていた。見る人が自然と笑顔になるパフォーマンスをしていて、それは強みとしてめちゃくちゃすごいし、才能を感じた。「夜明あおい」となったばかりのころのソロのステージも知っている身としては、その成長にすごく驚いていた。ここまで来るのにどれほどの苦労があっただろうと思った。

2月開催の、夜明あおい1stアルバムリリース記念LIVE「アイオライト」。この公演をサポートスタッフとしてお手伝いして、その後いくつかの案件をお手伝いした。ものづくりやステージやお客さんに対する真摯な姿勢。それはこれまで短いながらも業界を見てきた経験からして、尊敬に値するものだと感じた。

そう感じていたから、「夜明あおいマネージャー」というお話をいただいたとき、返事はイエスだったのだ。チャレンジしたいと思った。私がやりたいことは「素敵なものを、届くと素敵なことが起こる場所へ届ける」。それができる人生最大のチャンスだと思った。

6月に開催した夜明あおい1stワンマン&生誕LIVE「BLAND NEW BLUE 3」。その日に夜明の所属が発表され、そこからが私にとって"再び"となる「マネージャー」としての日々だった。

自分よりも圧倒的に業界での知見がある人たちのいる会社でマネージャーとして仕事につくと、未知の体験がたくさんあった。曲がりなりにも「マネージャー」の経験があるつもりでいたけど、いままで自分がいかに狭い世界で、小さな裁量の中でやってきたのかを思い知った。戸惑うこともたくさんあった。自分がもっともっとすごい人間であればと思うことも何回もあった。

夜明はきっと、誰が担当についても売れることができる人間だ。担当が私でなければならない、なんてことは決してない。それだけの力を持っていると思っている。だからこそ、夜明を売ることができないのであれば、それは私の責任なのだ。いままさに自分自身の真価が、真贋が試されているのだ。私は今回だけは絶対に負けられない。

2019年はトータルとしてはいい1年だった。トータルで見るならば、私のいままでの人生の中で一番いい1年だったのだ。しかし、それはあくまで過去と比較しての話であると同時に、2018年同様に「よかったことからもらったものがすごく大きかったから」であり、「お世話になった人たちからもらったものがすごく大きかったから」。「おかげさま」の「いい1年」で、どうにも自分で手に入れたものには思えない。

2020年、自分の力で、「最高の1年だった!」と言い切りたい。

まだまだまだまだできる。始まりであった2019年は「序章」に過ぎない。

「優雅に最高速で天地創造」

2020年のスローガンは「優雅に最高速で天地創造」にした。長い。詰め込んだから不格好だけど、これが私のやりたいこと。

2019年、私には余裕がなかった。新しい環境の中での焦りみたいなものが強くて、ずっとバタバタしていたように思う。必要以上にバタバタしていた。衣食住、睡眠や食事というのは生きていくための基本だが、そのあたりがかなり狂っていた。余裕なきところではよいものは生まれ難い。優雅に生きていきたい。

優雅に振る舞いつつ、スピードを出していきたい。もっともっとできる。まだまだできる。もっと上げられるはずなんだ。速さはいつだって大事だ。最高速で生きていきたい。蝶のように舞い、蜂のように刺すのだ。

なにを言っているのかよくわからないと思うが、天地創造したい。新しい場所を切り拓き、新しいものを創っていきたいのだ。新しく切り拓き、新しいものを手に入れ、生み出そう。もっともっと広がって、もっともっと大きくなるには「天地創造する」くらいの過剰な気持ちくらいがちょうどいい。

私はね、お客さんのことが大好きだ。

世間一般的には、「身内のことは対外的には褒めない」みたいなスタンスの取りかたがあって、それも正しいとは思う。だけどさ、よいものはよいじゃないですか。よいと思っているからこそ、売りたい、薦めたい、伸ばしたい、って思えるわけで。なんの仕事でもそうだと思う。営業職なら自分自身がよい商品だと思っているもののほうが絶対気合を入れて売れるだろうし、エンジニア職なら自分自身が意義があると思っているプロダクトに携わるほうが絶対気合を入れて開発できる。

だからね、私は身内だろうがなんだろうが、正直に素直に「よい!」って言っていたい。いいと思っているから売りたいんだから。そう思って担当している演者のライブや物販にわざわざ足を運んでくれるみなさんのことなんて、そりゃあもうね、そんなものもう大好きでしかない。

これは大いに作曲家の梶浦由記さんの受け売りだけど、「あなた」がその空間にいるかいないかでライブは変わるもの。空間にいる人が1人変わるだけで別物になる。「ただの不特定多数の中の1人」なんかじゃない、あなたがいるかいないかでまったく違うんだ。あなたがいたからそのライブはそのライブになったんです。すべてのお客様が「あなた」なんです。

もう何年前になるかな。ライブを受け取る側として聞いたこのセリフ。いまの業界に入ってから、ライブを届ける側になってから、本当にそうなんだなって感じるようになった。歌い手が「君も一緒じゃないと」と歌うなら、その「君」はあなたのことなんですよ。「あなた」に「たのしい!」って思ってもらえるような活動を、「行きたい!」って思ってもらえるような企画をやりたいって、私はずっと思っています。

私は夜明が『キスミー!!!』で描いたような景色を、大きく大きく大きくしたい。その景色をお客さんにも夜明にも見せたい。見てほしい。

2020年、とにかくお客さんにとっても、夜明にとっても、たのしい1年にしたい。たのしいってことが一番えらいよね。1年が終わったとき、みなさんに「夜明あおいを応援していて本当によかった! たのしかった!」って言わせたい。心の底から言わせたい。めちゃくちゃに言わせたい。めちゃくちゃめちゃくちゃに言わせたい。そんな1年にしたい。

楽しいことだけを考えて生きていこ?

Yokokura Yusuke / Y-dash